地域医療を目指したのは、「田んぼのあぜ道で犬の散歩をして暮らすような、そんなのんびりした場所で仕事がしたい」と思ったから。田舎の診療所で医者をしたいと考え、自治医科大学を選びました。しかし、地域の医者は思った以上に忙しく、のどかな暮らしとはほど遠かった。やることはいくらでもありました。
私は医者になって18年間、地域医療に携わってきました。大月、沖の島、馬路、梼原と、高知県内で16年。どんな患者さんもまずは地域の病院にやってくるので、「断らないこと」をモットーにしてきました。専門を問うていては目の前の患者さんを助けることができませんから。
地域医療の楽しさは、地域に住んでしっかりとそこに根付いた医療ができること。しかし、それは一方で苦しさも伴います。みんなが知り合いでつながりが深い地域では、些細なトラブルがまたたく間に地域住民全員の知るところとなります。住民からの信頼は励みであり、プレッシャーでもありますね。
過去には辛い経験もありました。頭が痛いと言う患者さんを、CT検査で異常がなかったため帰宅させたところ、その日の夕方に亡くなったこと。喘息発作の患者さんが処置中に呼吸停止になったこと。今でも「ほかに手はなかったか」と考えます。最大の努力をして的確な診断をすること、緊急の事態になってもすぐに体が動くように日頃からトレーニングを積んでおくことが大事だと知りました。忘れがたい教訓です。
この私の経験を、ぜひ若い人たちに伝えていきたいと思っています。専門医になって10年間修行を積むのが当たり前とされてきた医師の社会ですが、地域だけでなく、都市部でも総合的に診る医師の必要性が高まっています。1人の患者さんがいくつもの病気を抱えたり、大きな病院では専門と専門の間にはまり込む患者さんがいたりということが増えてきました。総合的に診て診断し、各専門に振り分ける人が必要な状況です。
患者さんを断らない、なんでも診る医者。意欲のある人を、現場で育てていくことが必要です。これからの10年は、次の世代を育てる期間にしたいと思っています。
前任地の藤沢病院(岩手県)へは、私の希望で赴任しました。そこは先進的な地域医療を行っている病院で、新しい風に当たってみたいという思いがありました。働くうちに、自分のやってきたことが間違いではなかったし、レベルも高いものだったと自信を持ちました。
この4月から高知県立あき総合病院に赴任し、現在5ヵ月目。ここは県東部の拠点病院として、これからいろいろと変革していく時期です。地域包括ケアや介護福祉と医療の連携など、まだまだ開墾の余地のある状況で、私がそれをやるという気概でいます。
田舎の病院のような患者さんとの密接なつながりがないので寂しいですが、そのうち病院を飛び出して患者さんを訪ねたいと思っています。あき総合病院の先生方にも「地域医療の楽しさ」の風を吹き込むことから始めていこうと思っています。
ここでは若手の医師はもちろん、若手を指導する立場の医師も育てていかなくてはならないと思っています。この秋から、私と一緒に地域医療をやりたいという4年目の医師が来てくれます。高知大学からも若い先生が来てくれることが決まっていますし、一緒に当直をし、患者さんに接しながら「断らない医療」をしていきたいと考えています。私がしてきたことが決して自己満足で終わらないよう、しっかりと次の世代に引き継いでいきたいですね。