徳島市出身で、徳島大学医学部卒業、アメリカで3年間研究生活をした以外は、ずっと徳島大学で研究・教育・診療に携わってきました。私が所属した徳島大学病院第3内科は昭和46年に開設され、関連病院第1号が80年の歴史をもつJA高知病院です。徳島大学の若手医師が多数こちらに勤務しており、そのご縁から院長として来てもらえないかというお話をいただきました。2011年の4月に就任し、もうすぐ2年になります。
徳島に住んでいたころは、高知は隣県でありながら山に閉ざされた田舎のように思っていましたが、実際住んでみると町は大きくて都会的。人は情熱的で、女性もおしゃれ好き、「生活を楽しんでいるなぁー」という印象を受けました。とっても新鮮なさかなや野菜など食材が豊富な上に、土佐人はお酒と食を上手に合わせて楽しむことに長けています。高知県は飲食費の出費が全国1位となっていますが、それも頷けます。私も家内とともにお酒を飲みながら外食することが多くなりました。酒と食の見事なコラボがひとの交流を促し、生活を楽しくさせているのかもしれませんね。
私は30歳のときにアメリカに留学し、それ以来肺がんの転移治療について研究をしてきました。教授になって17年間、肺がんと膠原病の診療に限られていましたが、ここでは週に2回外来で高血圧・糖尿・高脂血症と生活習慣病の患者さんを多く診ています。9割以上が私の専門外になります。けれども、患者さんとお話をして一緒に治療に取り組み、次第に良くなっていくのを見ると医者冥利に尽きます。とても楽しいですね。職種の異なる医療スタッフとのチームワーク。日々、この関係を築いていく中で、患者さんが我々を信頼してくれることで治療がうまくいきます。その結果、不快な症状から開放され、患者さんが喜んでくれるのがとてもうれしいですね。
「患者様」という言い方がありますが、これは患者さんを「お客様」として扱う言葉です。医療は商売ではありません。提供したサービスに快感と満足が得られれば、リピーターとなるのが商売の原則ですが、病気は体調を崩して快感や満足が得られない状態になることです。その負の部分を出来るだけ早く正の状態に戻すことが医療だと考えています。当院では新しい医療機器を備えて先進医療を提供していますが、痛みや不快感は目に見えないので患者さんと信頼関係を築き、メンタル面で支え、安心感を持っていただくことが大切です。それこそが、地域医療の原点だと思います。
高知県中部には、高知大学病院、高知医療センター、高知赤十字病院など、高度医療を担う大きな病院があります。JA高知病院は高度医療機関の後方支援のため、回復期の患者さんを受け入れると同時に、かかりつけ医や老人保健施設と連携しながら治療を進めており、中間に位置する病院といえます。
医師不足が顕著な県東部の医療圏を支援することも重要な使命で、お年寄りはいくつもの疾患を抱えておられるので、総合病院としてしっかり機能できるよう診療科目を充実させています。また、高齢者の肺炎は死に至ることも多いため、その対応には東部地区の医院の先生方と感染症ネットワークを作っています。転倒による骨折も寝たきりの要因となることから、呼吸器・循環器・整形外科が一体となって対応できるしくみづくりを考えています。さらに、脳卒中の回復後すぐに在宅ケアへと進めるようリハビリテーションにも力を入れています。
県内で産科医院がどんどん少なくなる中、当院で毎年たくさんの赤ちゃんが誕生しており、今年は400児を超える勢いです。赤ちゃんは私たちに力を与えてくれます。産科・小児科は少ないスタッフながらしっかりと連携し、高知県の将来を担う人材の誕生に尽力しており、頼もしい限りです。
厚生連として、高知県全体を視野にへき地医療、地域医療を充実させることが我々の使命。今はまだ手が届いていない県西部の医療圏の人々にも、医療や介護、福祉の面で提供できる仕組みをつくりたいですね。国は入院療養から在宅医療、在宅ケアへという方向性を加速させていますが、共働き家庭や高齢者の一人暮らしが多い高知県では、取り組むべき課題がたくさんあると思いますので、職員と一丸となって頑張っていきます。